大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)3151号 判決 1978年3月24日
原告 山中啓市 外一名
被告 日本フエラス工業株式会社
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (原告株式会社山中製作所の請求)
(一) 被告は別紙被告装置説明書記載の装置を使用してはならない。
(二) 被告はその所有する別紙被告装置説明書記載の装置を廃棄せよ。
2 (原告ら両名の請求)
被告は原告ら各自に対し金三、〇〇〇万円およびこれに対する昭和五〇年七月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および1、2項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
(請求原因)
一 本件特許権
原告株式会社山中製作所(以下「原告会社」という。)は昭和五一年六月一日左記特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)の権利者である原告山中啓市(以下「原告啓市」という。)からその譲渡を受け、同年七月一九日その旨取得登録を経由した。
発明の名称 無端ラス製造装置
特許番号 第四五〇三九二号
出願日 昭和三八年二月九日(特願昭三八―六七六二)
公告日 昭和四〇年一月二一日(特許出願公告昭四〇―一一一五)
登録日 昭和四〇年七月九日
特許請求の範囲は次のとおりである。
「本文に詳記したように第1に連続帯状ラス素材板を周面に切込刃と溝を設けた対のローラ間に通してこれに切込溝を設け、第2に周面に山形突条部と山形凹条部を設けた対のローラ間に通して長手方向に隆起部を設け、第3に同じ山形突条部と山形凹条部を設けかつ長さの大なるローラ間に通して誘導するとともに第2ローラと第3ローラ間に山形突条部を設けた雄型と山形凹条部を設けた雌型を設けてこれに沿い誘導するごとくし、連続して作成することを特徴とした無端ラス製造装置。」
二 本件特許発明の構成要件、課題および作用効果
本件特許発明の要旨は、次の要件から構成される。
(一) 連続帯状ラス素材板を周面に切込刃と溝を設けた対のローラ間に通してこれに切込溝を設ける。
(二) 周面に山形突条部と山形凹条部を設けた対のローラ間に通して長手方向に隆起部を設ける。
(三) 同じ山形突条部と山形凹条部を設けかつ長さの大なるローラ間に通して誘導する。
(四) 第2ローラと第3ローラ間に山形突条部を設けた雄型と山形凹条部を設けた雌型を設けてこれに沿い誘導する。
以上のごとくし、連続して作成することを特徴とした無端ラス製造装置。
ところで、従来のラスは素材板を一枚ずつ網目と直角の方向から送込み、かつ、切刃で交互に切溝を設けると同時に、切刃によつて一目ずつこれを展開して製作していた(甲第二号証の本件特許公報一頁右欄一八行目から二〇行目まで)。
しかるに、このような従来のラス製造方法によるときは工程数が多いため作業能率が悪く、また、手作業のため時間と労力を要するばかりでなく、形状および品質が不均一であつた。
そこで、原告啓市は従来のラス製造方法のかかる欠点を除去することを課題とし、切込溝を設けた素材板を連続して能率的に展開する本件特許発明の装置を開発することによつて前記課題を解決したものである。
しかして、本件特許発明は前記四つの要件よりなる無端ラス製造装置であることにより、連続帯状ラス素材板を転動ローラ間に通してこれによつて切込溝と隆起部を設け、かつ、同時に引延ばすごとくして展開し、連続ラスをきわめて能率的に造出することをその目的とするものである。
換言すると、本件特許発明は従来のラス製造方法に比して、作業工程が少なく連続一貫作業が可能であるため作業能率がよく、形状および品質が均一の優れた製品を廉価かつ迅速に提供することができるという作用効果を有するものである。
三 被告が使用しているラス製造装置
被告は遅くとも昭和四七年一月以来業として別紙被告装置説明書記載のラス製造装置(以下「被告装置」という。)を使用してラスを製造している。
そして、被告装置の要旨は次の要件から構成される。
(一) 上型7′に刃10′を、下型7に刃10′に対応する凹所を、それぞれ設けたカツテイングプレス5により連続帯状ラス素材板3に切込溝11を設け、これを巻取装置6によつてロール状に巻き取る。
(二) 切込溝11を設けられた素材板3′を、周囲に複数の山形突条14を有するローラ13と周囲に山形突条14を嵌合する山形凹溝14′を有するローラ13′との対のローラ間に通して切込溝11列間の平坦部分に山形隆起部15を設ける。
(三) 回転軸に配列してある周囲が山形突条状に形成された円板(展開ローラ16)と周囲に前記円板の山形突条が嵌合する凹溝を設けた円板(展開ローラ16′)との間に山形隆起部15を通すことにより展開用ラス素材板3′を横方向に延伸展開する(各展開ローラ16、16′は展開用ラス素材板3′の流れ方向に向かうにつれて隣接する円板間の間隔が少しづつ広げられている。)。
(四) 前記(二)の山形隆起部形成ローラおよび同(三)の展開ローラ間ならびに右各展開ローラ間に設けられた山形突条を有する雄型17と山形凹溝を有する雌型17′間に前記素材板3′の山形の隆起部15を通して誘導する。
四 本件特許発明と被告装置との対比
まず、被告装置の(二)ないし(四)の各要件が本件特許発明の(二)ないし(四)の各要件に該当することは明らかである。
次に、被告装置の(一)の要件と本件特許発明の(一)の要件とを対比すると、被告装置においては上型に刃を、下型に刃に対応する凹所を、それぞれ設けたカツテイングプレスにより連続帯状ラス素材板に切込溝を設けるのに対し、本件特許発明では前記ラス素材板を周面に切込刃と溝を設けた対のローラ間に通してこれに切込溝を設けるものであるから、被告装置の(一)の要件は一見本件特許発明の(一)の要件を充足していないように思われる。
しかし、両者は前記ラス素材板にまず最初の段階で切込溝を設けるという同一の目的を有し、また、その作用効果も同一であるばかりでなく、被告装置が採用した前記ラス素材板に切込溝を設けるためにカツテイングプレスを使用する方法は本件特許発明の出願前から公知の技術であつたから、出願当時当業者において、本件特許発明の採用している前記ラス素材板を「対のローラ間に通してこれに切込溝を設ける」ことから「カツテイングプレスを使用してこれに切込溝を設けること」に置換することは容易に推考することができたのである。
また、被告装置においては、本件特許発明の採用していない巻取装置を使用しているが、それ自体は格別の作用効果を有するものではなく、単なる付加にすぎない。けだし、被告装置において巻取機を使用しているのは、被告装置は前述のとおり切込溝を設ける方法としてカツテイングプレスを使用しているところ、この方法によると、素材板は間歇的に送り出され、かつ、カツテイングプレスの素材板送り出し速度は通常次の工程である展開装置の素材板送り出し速度より遅いため、必然的にカツテイングプレス機構と展開機構とを分離せざるをえないのであり、その結果、カツテイングが完了した素材板を一応巻き取つて貯え、その後これを展開機構に送り出し右両機構を連結する必要があるからである。
したがつて、本件特許発明の(一)の要件と被告装置の(一)の要件とは均等物である。
以上のとおりであるから、被告装置は全体として本件特許発明の技術的範囲に属する。
五 原告会社の差止請求
被告は被告装置を使用しているが、被告装置は前記のとおり本件特許発明の技術的範囲に属するものであるから、被告の前記行為は本件特許権を侵害するものである。
したがつて、原告会社は本件特許権にもとづいて被告の前記行為の差止めを求め、また、被告は右侵害行為を組成する被告装置を所有しているので、その廃棄を求める。
六 原告らの金員請求
1 損害賠償請求(主位的請求)
原告啓市は本件特許が設定登録された昭和四〇年七月九日から同五一年七月一九日原告会社に権利譲渡をするまでの間その特許権者の地位にあつたものであり、また原告会社は原告啓市が本件特許発明を出願したとき同原告との間で将来取得すべき本件特許権の独占的実施許諾の予約をし、権利公告がなされた昭和四〇年一月二一日予約完結をし、爾来特許権自体の譲渡を受けるまでの間本件特許につき独占的通常実施権を有していたところ、被告は以上の期間内である昭和四七年一月から同五〇年六月までの間被告装置の使用が原告啓市の本件特許権および原告会社の独占的通常実施権を侵害するものであることを知りながら、または過失によりこれを知らずに、その使用をして原告らの右各権利を侵害し、原告ら各自に損害を与えた。
しかして、原告ら各自が被告の右不法行為により被つた損害額は少くとも三、四五〇万四、八〇〇円を下らない。すなわち、被告は前記の期間被告装置を使用して少なくとも別紙目録記載のとおりの数量のラスを製造し、同目録記載のとおり少くとも三、四五〇万四、八〇〇円の利益を受けているから右利益額をもつて原告ら各自の受けた損害額と推定することができる(特許法一〇二条一項)。
もつとも、原告会社は独占的通常実施権者であつて、同法条に定める特許権者又は専用実施権者ではないが、本件においては原告会社の場合も原告啓市と同様に右法条による損害額推定を受けさせるとともに、原告らの被告に対する右各損害賠償債権は不可分債権の性質を有するものと解すべきである。けだし、原告会社は原告啓市が代表取締役を務める個人会社であつて(もともと原告会社は大正一四年原告啓市の先代が個人でメタルラス製造業をはじめたのち、昭和一八年に会社組織にしたもので実質は同人の個人会社であつたのを同人が昭和四七年六月死亡したので、原告啓市がその家業を受継いだのである。)、実質上は両者一体と解して差し支えない関係にあり、本件特許についても形式的には原告啓市が特許権者であり、原告会社が独占的通常実施権者ではあるが、その実情は原告啓市が原告会社を通じて本件特許権を実施していたものであり、これは実質的には両者一体すなわち特許権者自ら特許権を実施していたのと何ら異なるところがないからである。もし、このような関係を形式的に把えると、右の期間中原告啓市のみが実施料相当損害金を請求しうるにすぎないと解されるおそれもあり、かくては権利侵害者である被告を徒らに利し、反面原告らに酷な結果となり、不当である。
かりに原告らの関係が不可分債権者と認められないとしても、原告らはその被つた損害総額を原告啓市三割、原告会社七割に分配するとりきめをしたから原告らは少くともそれぞれが別個に右の割合による損害金債権を有する。
2 不当利得返還請求(予備的請求)
かりに右主張が認められないとしても、被告は法律上の原因なく悪意で本件特許権を実施することによつて原告らの財産(本件特許権又はその独占的実施権)により前記のとおり少くとも三、四五〇万円四、八〇〇円の利益を受け、その結果原告らは各自これと同額の損失を被つた。
3 結論
よつて、原告らは各自被告に対し前記損害金(または不当利得金)の内金三、〇〇〇万円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和五〇年七月六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金(または利息金)の支払を求める。
(請求原因に対する被告の答弁)
一 請求原因一の事実は認める。
二 同二の事実中、本件特許発明の要旨が原告ら主張の要件から構成されていることは認め、その余の本件特許発明の課題および作用効果は争う。
三 同三の事実は認める。
四 同四の事実中、被告装置および本件特許発明の各切込溝形成方法が原告ら主張のとおり異つていること、被告が切込溝形成方法として採用しているカツテイングプレス方式が本件特許発明の出願前から公知の技術であつたことおよび被告装置においては右切込溝形成後の段階で巻取装置を使用していることは認めるが、その余の事実は争う。
五 同五の事実中、被告が被告装置を所有し、これを使用していることは認めるが、その余は争う。
六 同六の事実中、原告会社が昭和五一年七月一九日本件特許権につき原告啓市からの移転登録を了したことおよび原告啓市が原告会社の代表取締役であることは認めるが、その余の事実は争う。
かりに何らかの理由で被告が原告らに損害を与えたとしても、メタルラス業界は競争者が多く、他に同種の金網ラスという競争製品もあるから、被告の利益が即原告会社の損害すなわち売上減や価格低落となるものでないこと明白である。したがつて、本件では損害額の算定につき特許法一〇二条一項の推定は働らかないと解すべきである。
(被告の主張)
原告らの要件(一)の対比(ラス素材板の切込溝形成手段として被告装置のようにカツテイングプレスおよび惓取機を使用する方式によることと本件特許発明がその構成要件としてクレームしたロール方式によることとの対比)にさいしての均等物の主張は被告の認めることのできない独自の見解である。この点に関する被告の主張は次のとおりである。すなわち、
一 まず、基本的にいつて本件特許発明にかかる装置は「単能装置」であるのに対して、被告装置は「汎用装置」である点に特色があるのであつて、両者は技術思想を全く異にするから、その一部の構成について均等の主張をする余地はないはずである。
すなわち、本件特許発明においては、最初の工程である切込溝形成手段として転動ローラを用いる方法を採用したため、その後の工程である展開をいかにして均一に行うかという課題に直面した(すなわち、ロールによる切目形成方法は、「例えば各ロールにそれぞれm組の凹凸部を設けてあるとすれば、一度にm本の切込みが鈑に入れられることになるが、斯様に多数の切込みが同時に入れられるということは次のような弊害がある。即ち鈑が切込まれるときは第1図に示すようにその鈑の全幅が全て両ロールに挾着されているため切込縁の逃場がなく常に定位置にあつて挾着されているから切込を完了した製品は第2図のように千鳥状の断面をもつものとなる。即ち、これをラスにするべく伸展した時に各細片a……は正しく伸びずに或ものは互に異なる方向を向いてしまうことになり整つたラスを得ることは出来ない」わけである。乙第一号証一頁左欄十三行以下)。そこで、この欠陥を第2の隆起部形成ローラと第3の展開ローラとの間に凹凸軌条を設けてすべての部分にできるだけ均一な展開能力を与えるという方法を採用することにより解決するとともに、あわせて前記切込溝形成機構を後続の隆起部形成機構および展開機構と連続化、系列化することに成功し、それによつて本件特許発明の作用効果である「連続ラスをきわめて能率的に製造すること」を可能にしたものと解される。
このように本件特許発明はその各要件が相互に有機的かつ連続的に結合されて構成されているものである。
したがつて、また本件特許発明における切込溝形成ローラ、隆起部形成ローラおよび展開ローラはいずれも単一装置(無端ラス製造装置全体)の部分要素として作動するものであるから、右装置全体のラス製造速度は当然最初の切込溝形成ローラの送り出し速度か、あるいは最終展開速度かのいずれかによつて規制されることになる。
これに対して、被告装置においてはカツテイングプレス機構と展開機構とはそれぞれ独立した別個の機構であつて、両機構は連続しておらず、単にこれら別個の機構を同一工場内に並存して設置しているにすぎないもので、その構成は本件特許発明のそれと基本的に異つているのである。
すなわち、まず被告装置においては、切込溝形成手段として、原告主張のとおり、上型に刃を、下型に刃に対応する凹所を、それぞれ設けたありふれた平面型のカツテイングプレスを用いる方式を採用したため、ラス素材板は上型の一打刻工程に対応するように間歇的に送り込まれ、したがつて、打刻後の半製品も間歇的に送り出されるのであつて、このような脈動状態で送り出される半製品を直接にロール列による展開機構に接続することはそもそも不可能であり、もし敢てそれをするとすれば、カツテイングプレス機構とロール列による展開機構との間に、何らかの脈動消去手段を必要とするのである。またかりにこのような手段を設けたとしても、一般に金属ラスの製造においては、打刻速度に比較して展開速度の方が遙かに速いのが通常で、両者の速度は何らの関連性がないから、両者の速度を厳密に同調させなければならないという困難な課題を残すことになる。
以上のような次第であるから、被告装置の構成においては、本件特許発明とは異なり、切込溝形成機構(カツテイングプレス機構)と展開機構とを分離させておくべき必然性があるのである。この点について、原告らは後記反論の項記載のとおりカツテイングプレスの脈動消去や両機構の速度調整のためにはラスを長手方向にたるませるとか、プレス機のストローク数を速めるか自動タイマーにより展開速度を遅らせるべく調節すれば両機構の一連化は可能であると主張しているが、被告装置のように分離独立方式を採ればそもそもそのような必要はないのであるからその主張には特段の意味はない。かえつて、被告は被告自身の計算と選択によつて、分離方式を採りかつ最適と信ずるカツテイング装置と、展開装置を採用しておのおのそのところをえさせているのであり、速度差については、パンチング機と展開機の各能力に応じて、投資効率と作業能率の計算に基いた数量を別個に設置しているのである。
また、被告装置においては以上のとおりカツテイングプレス機構と展開機構とを分離、独立させている結果、切込溝を設けられたラス素材板を一旦巻取る巻取装置が必須の要件となると同時に、その存在は、本件特許装置との差異を明白にするものである。これを単なる付加であるという原告らの主張は当らない。
すなわち、本件特許公報を仔細に検討しても本件特許発明において切込溝を設ける第1ローラと展開ローラとの中間に巻取装置を設けることを示唆する記載はいずれの箇所にも見当らない。このように、本件特許発明では巻取装置を構成要件としていないため、本件特許公報の実施例図の第1図に示すとおり連続帯状ラス素材板は最初の端末から矢印a方向に送られ、順次切込ローラ2、展開ローラ7、13を通過して矢印bに送り出されて製品になる仕組になつているのである。
これに反して、被告装置においては切込溝を設けられたラス素材板は一旦巻取機に巻取られるため、その最初の端末は巻取機の中心に、最後の端末は巻取機の表面にそれぞれ位置し、次いで、これをローラ列展開機構にかけると、カツテイングプレスされた前記素材板の最終端末が最初の展開端末となり、そのまま製品として送り出される仕組になつており、ラスの製造過程も異つてくるのである。
二 次に、本件特許権の具体的な技術的範囲の解釈に則してみても以下述べるとおり原告らの均等の主張が不当であることは明らかである。すなわち、
1 本件特許発明においては、最初の切込溝形成工程においてローラ方式を採用した反面として、被告装置の採用しているカツテイングプレス方式はこれをその課題解決上不適当なものとして意図的に放棄したものと解すべきである。
すなわち、連続帯状ラス素材板の切込溝形成手段として、本件特許発明が採用した凹凸部を形成した一対のローラを用いる方法(参照乙第一、第三、第五号証)と被告装置が採用したカツテイングプレスを用いる方法(参照乙第二、第四号証)とが存在することはすでに本件特許発明出願前から当業者にとつて公知のことであつた。
しかるに、原告啓市は本件特許発明において右二つの公知技術のうち前者の技術の方が切込と展開とを連続的に行う目的に有効適切であると考え、これを選択採用し、これを前記特許請求の範囲において第一要件として明示特定したのである。
したがつて、本件特許請求の範囲の解釈上、請求人たる原告啓市が自ら放棄した右カツテイングプレス方式を第一要件のなかに含めて解釈することはできないはずである。
2 なお、また本件特許権の権利範囲の解釈について、その構成要件を新規または本質的な要件とそうでない要件とに分けて考える原告らの見解(後記原告らの反論の項参照)は不当であるから、このような見解を論拠とする原告らの均等の主張もとうてい理由のあるものとはいえない。
(一) まず、一般的にいつて、特許の権利内容を定める構成要件について本質的な部分と非本質的な部分とに区別する根拠が判らない。少くとも第三者の自由な活動を禁止制限する排他的な権利として特許権を評価する場合に、その特許請求の範囲を三箇又は四箇の構成要件から成るものと明記している場合に当該特許権の技術的範囲を解釈するにさいし、さらに、それを本質的な部分と非本質的な部分に分離しようとする試みは、結局特許請求の範囲に規定された特定の要件をそれが本質的でないとの理由で削除し、その結果特許権の権利範囲を恣意的に拡張することに帰する(要件が少ないほど権利範囲は拡大される。)。このようなことは、特許法七〇条はもとより、同法六四条、一二六条の趣旨にてらしても到底容認さるべきことではない。
(二) そればかりでなく、本件特許権の場合は、その(三)および(四)の要件はなんら原告らが主張するように新規または本質的な要件といえない部分である。すなわち、末広がりの上下の山型案内路を形成する技術は、すでに、各展開ローラ間に扇状に張設され、かつ、それ自体搬送能力を有するVベルトを使用する技術(乙第五、第六号証のフランス特許)が公知であつたから、当業者は何らの発明的な努力を要することなくきわめて容易に推考しうる技術であつて、特段本件特許においてはじめて開発された新規、本質的な技術ではない。
(被告の右主張に対する原告らの反論等)
原告らの冒頭請求原因の項四における均等に関する主張を敷衍すると次のとおりであつて、被告の非難が当らないこと明白である。すなわち、
一 被告の主張は、最初の工程である切込溝形成手段としてのカツテイングプレス方式とロール方式との相異を意図的に強調し、本件特許発明の課題とその解決方法を曲解し、その本質を見誤つているものである。
本件特許発明の課題とその解決は後記のとおりその本質的部分である展開機構に存するのであつて、その前段階である切込溝形成機構としてローラ方式を用いるか、カツテイングプレス方式を用いるかは右課題の解決上それほど重要な問題ではない。右両方式はいずれも被告も主張するとおり本件特許発明出願前から公知の技術であつた。したがつて、出願人原告啓市が本件特許発明の特許請求の範囲にローラ方式を記載したのは単に切込溝形成の一方法として例示的に開示したものであり、特段カツテイングプレス方式を意図的に放棄し排除したものではない。
げんに、原告会社でも、ロール方式にはロール製作に費用がかかる難点がある関係上、実際の操業工程においては、本件特許権(または独占的通常実施権)を有するにもかかわらず、カツテイングプレス方式を実施して同じ効果を挙げており、この点はさしたる問題点ではないのである。被告は、当初の工程である切込溝形成方法としてカツテイングプレス方式を採用すると、その必然の結果として、これと後続の展開装置とは分離し互いに独立のものとしなければならなくなるかのように主張しているがそのようなことはない。カツテイングプレス方式を採つてもこれと展開装置とを連続一貫させることは技術上容易に可能である。すなわち、被告が問題点(課題)として指摘する脈動消去のためにはラス素材板を長手方向にたるませればよいし、カツテイングプレス機構と展開機構との速度差の問題も、前者の機械にはすでにストローク数毎分一、二〇〇回の優秀な性能のものが存在するからこれを用いるか、あるいは後者の機構に自動タイマーを取りつけて適宜の調節をすればよいのであり、げんに原告会社が自社工場で実施している装置でも右のようなたるませと自動タイマーの取りつけをして問題を解決している。
また、このようにすれば巻取機も不要であるから、これを被告装置における必須の構成要素であるかのようにいう被告の主張も当をえないことが明らかである。
要するに、切込溝形成機構における前記両方式は本件のような無端ラス製造装置における構成としては全く等価値のものである。
二 本件特許発明における本質的部分はその構成要件(三)および(四)で開示されている展開機構にあるのであつて、被告装置はまさにこの点をそのまま必須の構成として使用しているものであるから、本件特許権を侵害していると解すべきである。
すなわち、本件特許発明の出願当時、ラス製造の最初の工程である切込溝形成手段としては前述したとおりカツテイングプレス方式とローラ方式とが存し、これを能率的に行うにはその速度を早くすればよかつたのであるが、次にこのようにして切込溝を設けられた素材板を同じように能率的に誘導して拡開する手段は存しなかつたのである。これを具体的に述べると、従来、メタルラスの製造業者は無端でない非連続の素材板を一枚ずつ切込溝を設ける切刃と直角の方向から機械(カツテイングプレス)に送り込み、切込溝を設けると同時に、切刃によつて一目ずつこれを展開していた(甲第二号証)。しかし、この方法では時間と労力を要し、費用も高くつき、しかも形状品質も一枚ずつ不均一となることを避けられなかつた。そこで、これらの欠点を克服するため、本件特許発明の出願前にも無端のラス素材板の使用を考えたうえ、あるいは「掛止自在の掛合歯を備えた平歯車状牽伸子に前記素材板の両端を引掛け、これにより右素材板を牽伸する方法」(乙第三号証)とか、あるいは「周凸ロールと周凹ロールを列設した伸展ロール間に前記素材板を通過させ、これを上下方向に伸展する方法」(乙第四号証によつて連続した拡開手段が知られていたが、これらはいずれも実施不能であるか又はそれがきわめて困難であるため実用化されるまでには到つていなかつた。
ところが、本件特許発明は、切込溝の形成を終つた連続帯状のラス素材板に隆起部を設けるとともに引続きこれを扇状に広がつた山形突条部を設けた雄型と山形凹条部を設けた雌型とからなる上下一対の案内路に嵌入し、上下ローラによつて前記素材板を前進させることにより網状部を無理なく連続的に拡開するという画期的な方法を採用したことにより前記課題を見事に解決し、その結果、拡開作業は極めて能率的かつ経済的となり(能率は従来の約三倍になつた。)、品質寸法も均一となり、業界の注目の的となつた。被告会社ほか数社は昭和四六年ごろから本件特許発明のまさに右の点を用いたのである。
以上によつて、本件特許発明の新規な部分、すなわちその本質的な部分が前記(三)および(四)の展開装置部分の構成、とりわけ(四)の構成に存することが明らかである。
被告は右の要件(三)および(四)の部分は挙示のフランス特許に照らし特段新規または本質的な部分でないと主張しているが、そうではない。
右フランス特許においては、次に詳述するとおり本件特許発明がその拡開手段として雄型雌型案内路を設けることとしたのに対し単に「プーリ間にかけられたゴム塗りしたV字形の輪郭を有する無端ベルト」を下側ロールのプーリにかけるだけとなつており、これでは素材板(鉄板)の左右方向に大きな力をまんべんなく確実に作用させてこれを拡開することはとうてい不可能である。換言すれば右フランス特許において開示された拡開機構は実施不能のものであり、何ら本件特許発明における拡開方法に示唆するところはない。
右二つの発明の相異点を一覧表にすると次のようになろう。
本件特許発明
1、ロール間に扇状に配設された山形突条部をもつた雄型と山形凹条部をもつた雌型とよりなる上下一対の案内路は、素材板の山形隆起部を確実に保持して、素材板が進行するにつれて素材板の網状部を拡開する(第三、五図)。すなわち、点と線によつて展開されるということができる。
2、ロールにより山形隆起部を形成されてロールから出た素材板の山形隆起部は、上下の案内路に嵌入し、以後すべりぬけることなく進行する(第五図)。従つて、素材板を装置にセツトするとき、特別の方法で素材板を拡開してセツトする必要がない。
3、素材板の進行のあらゆる段階(点と線)において横方向に均等な力が作用して、無理なく徐々にスムーズな拡開がなされる。そのため真直ぐな形状の均一な製品がえられる。
4、案内路には、素材板を拡開するという本来の作用の他、ロールくせによる山形隆起部の反りや曲りをなくし直線状に仕上げるという矯正効果がある。このため製品に反りや曲りがなく、また、均一な拡開によるため製品の巾は、一定均一である(第五図)。
フランス特許(参照乙第五、第六号証)
山形突条部をもつた上ロールに嵌合する下ロールのVベルトは、素材板を単に誘導する作用しかなく、山形隆起部を把持する作用はない。従つて、素材板の網状部を拡開する力はない(第四図)。
素材板を何らかの方法で拡開して素材板の山形隆起部をVベルトおよび展開ロールに嵌入させなければスタートしない。また、展開時山形隆起部がVベルトからはずれたり、すべりぬける(第六図)。殊に素材板の打刻の切れ目が悪い場合や、厚番手の素材板の場合に尚更そうである。
上下のロール(点)に嵌入している瞬間だけ横方向の力が作用するため、そもそも拡開が不能である。たとえ可能としてもその拡開に無理が生じ素材板が変形したり、網状部と山形隆起部との接点に亀裂や切損を生じる。
Vベルトによるときは、ロールくせによる反りや曲りはそのまま残り、さらには蛇行状に変形したりする。ロールのみによる拡開のため力が均一に作用せず、製品の巾は一定でなく不均一である(第六図)。
しかして、以上のようにある装置が特許発明装置の構成要件のうち本質的な部分を用いているかぎり、たとえ他の本質的でない部分については当該特許の請求の範囲に示した(公知の)構成以外の別の公知の手段を用いているとしても、その装置は該特許権侵害の非難を免れない。外国の文献(テレル「特許法」一二版一六〇頁)においても、「相違があつて文字どおりの侵害とならない場合でも、その相違が非本質的部分における相違である場合は侵害となる。これらの非本質的部分が全く除かれているか、変えられているか、技術的均等物に置き換えられている場合、非本質的な相違に拘らず、侵害と主張されるものがクレームのすべての本質的な特徴を保有する場合には侵害となる。それは、いわゆる発明の実質ないし真随を奪うことによる侵害である。」とし、「我国の法律は常に厳格な論理よりも健全な常識を優先させて来た。」とのロードライドの言葉を引用しているのも同じ趣旨である。
そして、原告らの以上のような主張は本件特許発明における(一)の構成要件を無視し、これを除外してその請求の範囲を解釈することを意図し主張しているのではなく、ただ(一)の要件に関する均等をいうものにほかならないのであるから、被告の非難の主張は誤解に基くものである。
第三証拠<省略>
理由
一 原告ら主張のような内容の本件特許権が存し、現在はその権利者が原告会社であること、および原告らが本件金員請求をしている期間である昭和四七年当初から同五〇年六月末までの間の右権利者は原告啓市であつたことは当事者間に争いがない(なお、右期間中はたして原告会社が右権利につき独占的通常実施権を有するものであつたか否かは暫らくおく。)。
また、被告が遅くとも前記昭和四七年当初から業として本件被告装置を使用してラスを製造していることも当事者間に争いがない。
二 原告らは右被告装置は本件特許権(および独占的通常実施権)を侵害するものであると主張するので検討する。
1 まず、本件特許発明の構成要件を、公告された特許請求の範囲の記載に基づき分説すると、次のとおりであると解され、このことは当事者間にも争いがない。
(一) 連続帯状ラス素材板を周面に切込刃と溝を設けた対のローラ間に通してこれに切込溝を設ける。
(二) 周面に山形突条部と山形凹条部を設けた対のローラ間に通して長手方向に隆起部を設ける。
(三) 同じ山形突条部と山形凹条部を設けかつ長さの大なるローラ間に通して誘導する。
(四) 第2ローラと第3ローラ間に山形突条部を設けた雄型と山型凹条部を設けた雌型を設けてこれに沿い誘導する。
以上のごとくし、連続して作成することを特徴とした無端ラス製造装置。
他方、被告の使用している被告装置の構成を別紙被告装置説明書の記載に基づき分説すると、次のとおりであると解され、このことも当事者間に争いがない。
(一) 上型7′に刃10′を、下型7に刃10′に対応する凹所を、それぞれ設けたカツテイングプレス5により連続帯状ラス素材板3に切込溝11を設け、これを巻取装置6によつてロール状に巻き取る。
(二) 切込溝11を設けられた素材板3′を、周囲に複数の山形突条14を有するローラ13と周囲に山形突条14を嵌合する山形凹溝14′を有するローラ13′との対のローラ間に通して切込溝11列間の平坦部分に山形隆起部15を設ける。
(三) 回転軸に配列してある周囲が山形突条状に形成された円板(展開ローラ16)と周囲に前記円板の山形突条が嵌合する凹溝を設けた円板(展開ローラ16′)との間に山形隆起部15を通すことにより展開用ラス素材板3′を横方向に延伸展開する(各展開ローラ16、16′は展開用ラス素材板3′の流れ方向に向かうにつれて隣接する円板間の間隔が少しづつ広げられている。)。
(四) 前記(二)記載の山形隆起部形成ローラおよび同(三)記載の展開ローラ(最初のもの)間ならびに右各展開ローラ(二番目以降のもの)間に設けられた山形突条を有する雄型17と山型凹溝を有する雌型17′間に前記素材板3′の山形隆起部15を通して誘導する。
2 そこで、右被告装置の各構成が本件特許権の各構成要件を充足しているかどうかをみるに、被告装置の構成(二)ないし(四)はそれぞれ本件特許権の前記構成要件(二)ないし(四)に該当しこれを充足するものと考えられる。もつとも、被告装置の構成(二)においては隆起部形成ローラが二組備えられており、同(三)においても展開ローラが七組設けられているのに対し、本件特許発明の公報(成立に争いない甲第二号証)に記載された実施例図によればいずれも右各ローラは一組となつている等の点において相違するが、本件特許発明の請求の範囲は文言上特段その技術的範囲を右実施例図に限定しているものとは解されないから右の相違は前記判断を左右するものではない。
しかし、被告装置の構成(一)は無端ラス切込溝形成方法としていわゆるカツテイングプレス方式を採用するとともに巻取装置を使用し、ロール方式を採用していない点において本件特許発明の構成要件(一)の具体的記載と相違しており、このこと自体は原告らが自認しているところである。
3 よつて、次に原告らの右相違点に関する均等物の主張の当否について検討する。
(一) 本件特許発明の技術思想
前掲甲第二号証(本件特許公報)によると、次のとおり記載されていることが認められる。
すなわち、その特許請求の範囲として「……ごとくし、連続して作成することを特徴とした無端ラス製造装置。」と記載されているほか、その発明の詳細な説明としても、
「本発明は無端帯状ラス素材を、上下に配置しかつ局面に切込刃を設けた第1ローラ間に通して該素材板面に一定の長さの切込溝を連続的に設けるとともに、……ラスの展開をなし、連続して無端ラスの作成をなすことを特徴とした装置に関するものである。」(一頁左欄発明の詳細な説明の項一行目から一一行目まで)
「かく18のごとく完成したラスを矢bの方向に巻込み連続して無端ラスを製出する。」(一頁右欄一五行目から一七行目まで)
「在来のラスは素材板を一枚ずつ網目と直角の方向から送込み、かつ切刃で交互に切溝を設けると同時に、切刃よつて一目ずつこれを展開して製作するのであるが、本発明の場合は連続帯状ラス素材板を転動ローラ間に通してこれによつて切込溝と隆起部を設け、かつ同時に引延ばすごとくして展開するのであつて、連続ラスをきわめて能率的に造出すのがその特徴である。」(一頁右欄一八行目から二四行目まで)
と記載されていることが認められる。
一方、連続帯状ラス素材板に切込溝を形成する手段としては、本件特許発明出願前すでに、本件特許発明がその構成要件(その(一))としたいわゆるローラ方式と被告装置の用いているいわゆるカツテイングプレス方式(その構成(一))の双方が存したことは当事者間に争いがなく、このことは証拠によつても明らかである。すなわち、成立に争いない乙第一号証(特許公報、発明の名称「金属ラスの製造装置」公告昭和三三年一〇月一四日)、第三号証(特許公報、発明の名称「メタルラス製造装置」公告昭和三六年七月一七日)、第五号証(フランス特許第一、一六三、五九二号、特許庁資料館受入昭和三三年一二月二六日)によると、周面に凹凸部を形成した上下一対のローラを用いる方法(両ローラの凹凸部の相互係合により切目を入れる。)が、また、成立に争いのない同第四号証(特許公報、発明の名称(「ラス版の製造法」公告昭和三七年九月二二日)によると、カツター盤を用いる方法(このカツター盤2は素材Aに対する内面上に切断刃辺3を凹欠部4を介して列成した斜めカツター辺5、5の一対が両側にあるカツター6が間隙7を介して並列され、上下のカツター盤2、2においてはカツター6群と間隙7が互い違い状に形成されて、各上下カツター6、6のカツター辺5、5が素材Aに上下より接し図示の場合上部のカツター盤2が下降して固定状の下部カツター盤2に接して切目を開設することになる。右公報一頁左欄下から一七行目より一〇行目までを参照)がそれぞれ本件特許発明の出願前より公知の技術として存在していたことが認められる。
しかして、以上のような点のほか、右公報を仔細に検討しても、本件特許発明において切込溝を形成した帯状鉄板を一旦巻取装置によつて巻き取ることを示唆する記載はいずれの箇所にも見当らないことをも彼此総合して考察しみると、本件特許発明は、無端ラス製造装置の最初の工程であるラス素材板に切込溝を開設する手段を考えるに当り、これをそれ以後の工程である第2ローラによる隆起部形成機構ならびに第3ローラおよび第2ローラと第3ローラとの間の案内路による展開機構と連続化するのに有効適切な技術として前記二つの公知技術のうち周面に凹凸部を形成した転動ローラを用いるいわゆるローラ方式を採用したものであつて、右最初の工程においてローラ方式を選択したことは単にいずれでもよい二つのうち一つを任意に採用したというよりも、全工程連続化の目的のもとに後続工程との関係でこれを採用したものと解され、以上のような意味において本件特許発明における各構成要件はその(一)の要件としてローラ方式を採用したことを含めて全体として有機的な構成をとつているものと考えられる。
かくして、本件特許発明は、連続帯状ラス素材板を第1と第2の各転動ローラ間に通してこれに切込溝と隆起部を設け、かつ、同時に上下一対の雄型雌型の案内路に沿つて誘導するとともに第3の転動ローラ間に通してこれを無理なく連続的に展開することにより無端ラスを連続的、能率的に製造しうる、としたところにその技術思想が存するものと理解することができる。
(二) 被告装置の技術思想
別紙被告装置説明書の記載および検証の結果によると、次のとおり認められる。すなわち、
被告装置においては帯状ラス素材板に切込溝を形成する最初の工程において、上型に刃を、下型に刃に対応する凹所をそれぞれ設けたカツテイングプレスを用いるのであるが、これによるときは切込溝が形成された展開用ラス素材板は間歇的、脈動的に送り出されて半製品となる。
しかるに、後続の展開装置の展開速度は右切込溝形成装置の右半製品製造速度よりも相当程度速い(例えば、網目サイズが一二・二ミリメートル×一七ミリメートルのアングルラスの生産数は展開用ラス素材板製造装置では毎分一・四五枚であるのに対し展開装置では毎分八枚で前者の五・五倍であり、また、網目サイズが七〇ミリメートル×七三ミリメートルのスラブラスの生産数は前者の装置では毎分二・六四枚であるのに対し後者の装置では毎分八枚で前者の三倍である。)ので、右展開用ラス素材板(半製品)を何らの脈動消去手段を講ずることなくそのままの状態で引き続き連続して展開装置に送り込みこれに通すことは技術的に不可能である。
そこで、被告装置では切込溝が開設された展開用ラス素材板を一旦巻取装置によつてロール状に巻き取りストツクしておき、次いでこれを適宜展開装置に搬送してこれに送り込むのである。
そして、被告装置においては展開用ラス素材板(半製品)製造装置と展開装置との右速度差を展開装置機構一個に対して複数個の展開用ラス素材板製造装置機構(巻取装置を含む)を組み合わせることにより調整解決している。
以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、被告装置は本件特許発明のような全工程の連続化、系列化をとらず、そのかぎりにおいては、本件特許発明が解決課題としたような能率的製造方法を断念しているわけであるが、反面、展開用ラス素材板製造装置と展開装置とを分離したことにより(イ)先に説示したような脈動消去が特段の工夫を施すことなく可能であるほか、右両装置の速度差解消の課題を難なく解消できるのみならず、かえつて、右速度差を承認したうえ、これを前提として効率的に適切な生産量調整をすることもでき、その他(ロ)両装置の一方にのみ故障が生じた場合には、その装置だけを停止させれば足り、両装置を同時に停止させる必要がないこと、(ハ)カツテイングプレスの上、下刃は摩耗が激しいので、それを研磨するため取り替える必要が生じるが、そのような時でも展開用ラス素材板は巻取装置にストツクしてあるから、いつでも展開装置にかけてラスを完成させることができること、(ニ)展開装置は展開用ラス素材板製造装置よりも前述したとおりその生産速度が速いので、その台数も後者より少なくてもよいわけであるが、前者は長大な装置であるためスペースをかなり必要とするところ、後者と別体にすることにより斜めに並列するなどして工場のスペースを効率的に使用できること(本件被告装置説明書の第一図参照)等の利点も有する。
以上のような点を考えると、被告装置の具現している技術思想は本件特許発明のそれをそのまま採用したものではなく、またその構成(一)においてロール方式をとらず、カツテイングプレス方式をとつたため、その作用効果も本件特許発明のそれと異なつていることが明白である。
原告らは、本件特許発明の構成要件(一)に明示されたロール方式をカツテイングプレス方式に置換えても、前記のような脈動の消去や速度差解消は技術的に十分可能であるから、なおその連続化、系列化はでき、後者の方式をとつたことによつて切込溝形成装置と展開装置とを分離独立させなければならない技術上の必然性はなく、またそれゆえ被告装置における巻取機は単なる附加である旨主張して前記両方式相互の置換可能と同効を強調するけれども、右主張が首肯し難いことは上来説示の認定判断によつて明らかである。
(三) 本件特許発明の新規部分または本質的部分について
ところで、原告らは均等の主張に関連して、本件特許発明の新規部分または本質的部分は、その構成要件(三)および(四)に、ことに(四)にある旨主張するので、この点について判断する。
前掲乙第五号証によると、特許請求の範囲を「1帯状鉄板に傾斜裂け目を形成しその帯状鉄板を横方向に拡張して、その金属を延伸することを特徴とする延伸金属の製造方法。この方法は帯状金属をより容易に、且つより経済的に延伸することができる。……6新しい工業製品として、種々の機械仕上げを連続的に行う複数の装置を有していることを特徴とし、前述の方法、又はそれに類似した方法に従つて延伸金属を製造する機械。前記複数の装置とは即ち、a、鉄板に細い線を形成する裂け目形成装置。b、裂け目形成装置からくる金属に脈状部を形成する成形装置。c、金属を漸進的に拡開する1つ又は複数の拡開装置。……9各々の機械仕上げ装置は重なり合つた2つのローラで構成されており、前記ローラの1つは金属を切断するひだ付機を備えている。……11前記ひだ付機は右と左に交互に配置されているので、交互に傾斜した裂け目を有するしだ形裂け目が得られる。……13前記成形装置の上部ローラは鉄板に脈状部を形成する突出した三角形の輪郭を有する回転輪を有している。14前記成形装置の下部ローラは、金属を同じ輪郭に仕上げるために、上部ローラの回転輪の三角形の輪郭を受け入れるための凹んだ三角形の輪郭を有した回転輪を有している。……16各拡開装置の上部ローラは突出した三角形の輪郭を有する回転輪で形成されている。17各拡開装置の下部ローラは上部ローラの回転輪の輪郭に一致する凹んだ三角形の輪郭を有する回転輪で形成されている。18前記拡開装置の上部ローラの回転輪は次の拡開装置のより厚い環状体によつて分離されており、1つの拡開装置から次の拡開装置に行くにつれて、前記回転輪間の間隔は次第に大きくなる。……30新しい工業製品として、前述の方法及び、それに類似した方法によつて得られた全ての延伸金属。」とするフランス特許第一一六三五九二号が本件特許発明の出願前である昭和三三年一二月二六日(特許庁資料館受入日)以降日本国内において公知であつたことが認められる。
また、成立に争いのない乙第六号証(前掲乙第五号証のフランス国特許明細書第一、一六三、五九二号の第1回追加特許明細書、特許庁資料館受入昭和三四年一二月一六日)によると、その特許請求の範囲を「1主要明細書に従つて、一連の拡開装置を有する葉脈型延伸金属を製造する機械であつて、この機械は成形装置と第1の拡開装置との間に配置され、しかも前記金属を拡開装置へと誘導し、又、前記成形装置上で前記金属が拡開されるのを防ぐための把持装置を有していることを特徴としている。……3前記把持装置は前記金属がその間を通る2つの重なり合つたローラを有している。4前記把持装置の下部ローラは、その同一軸上に、ベルトが入る凹んだ輪郭を有する回転輪を備えている。……14前記拡開装置の上部ローラの回転輪は、前記回転輪が下部ローラの回転輪と対向するような厚みをもつ環状体によつて分離されている。」とするフランス特許も本件特許発明の出願前である昭和三四年一二月一六日以降日本国内において公知であつたことが認められる。
以上の事実によると、本件特許発明は先行の右各フランス特許とその技術的範囲においてかなりの類似点が存し、被告が本件特許発明には先行公知の技術があると主張するのも一応肯けなくはない。すなわち、右各フランス特許における裂け目形成装置、成形装置および拡開装置が本件特許発明における切込溝形成装置(第1ローラ)、隆起部形成装置(第2ローラ)および展開装置(第3ローラ)にそれぞれ該当している。
しかしながら、さらに両者を対比検討してみると、本件特許発明においては第2ローラと第3ローラ間に山形突条部を設けた雄型と山形凹条部を設けた雌型を設けてこれらの型で帯状鉄板を挾み、これに沿い誘導するごとくして連続的に拡開する(前記構成要件(四))のに対して右フランス基本特許(乙第五号証)では上下ローラのみで、また、右フランス追加特許(乙第六号証)においては把持装置および拡開装置の上部ローラによつて帯状鉄板の脈状部を把持装置から機械の出口まで扇状に配設されたベルトのみぞ(その形状は右脈状部の輪郭に一致する三角形の輪郭を有する。)に嵌入させて拡開するものであることが認められるのであつて(簡単にいうとフランス特許では拡開段階の案内路がないか、またはあつてもそれに帯状鉄板を挾みつける上部の蓋がないのに対し、本件特許発明のそれには蓋つきの案内路があるともいえ、そのため前者においては果して実際に無理のない段階的拡開が可能であるかの疑念もある。)、この点において両者に相違が存し、本件特許発明の新規性は、原告ら主張のとおり、拡開装置において上下一対の雄型雌型の案内路を設けた構成、すなわち、その構成要件(四)の点に存し、この点が本件特許発明が特許されるにいたつた理由ともなつたということができる(被告が右各フランス特許等を引例として本件特許発明の無効審判を求めたのに対し、特許庁が昭和五一年一二月二三日付をもつて右請求不成立の判断を示した同庁昭和五〇年審判第八九四四号事件審決の存在することも参照―成立に争いない甲第八号証―)。
しかして、被告装置はその構成(四)においてまさに右構成要件(四)所定の新規な構成をそのまま採用していることもさきに説示したとおりである。
しかし、それがゆえに直ちに被告装置の他の構成である構成(一)の部分をもつて本件特許発明の構成要件(一)と均等であると解さなければならない論理必然性はない。ことに本件特許発明の場合は、前記(一)の説示に照らし明らかなとおり、その構成要件(四)が従来技術に比して新規である点もさることながら、さらにこれとは別に次のような視点もこれを没却することはできないと考えられる。すなわち、本件特許発明においては、単に展開機構の一部分である構成要件(四)の新規性のみに着目して特許権を付与されたわけではなく、切込溝形成機構、隆起部形成機構、展開機構を順次連続結合し、これによつて無端帯状ラス素材板を連続してラスの完製品にまで製造しうるとした点をも大きな特徴として特許権が付与されていると解すべきであるから、右構成要件(四)のほか、さらに構成要件(一)すなわち切込溝形成機構も右製造工程の連続一貫性の見地からみて本件特許発明における欠くことのできない構成要素であるという点を無視することはできないと考える。
(四) 結論
しかるところ、本件特許発明においては、その出願当時切込溝形成機構としていずれも公知の技術であつたカツテイングプレス方式とローラ方式とのうちローラ方式を選択したものと解され、かつその選択については相応の理由のあること、ローラ方式による構成要件(一)と被告装置における(一)の構成(カツテイングプレス方式)とはその技術思想が異なるためそのままの置換と解することは困難であり、またその作用効果も異なることはすでに(一)および(二)において詳細に判示したとおりであるから、結局、後者の構成をもつて前者の構成要件の均等物であるとはとうてい解することができない。
4 はたしてそうだとすれば、被告装置は、その構成(一)の点において本件特許発明の構成要件(一)を充足するものではないから、全体としても本件特許発明の技術的範囲に属しないものといわなければならず、それゆえ、右被告装置が本件特許権(および独占的通常実施権)を侵害すると主張する原告らの主張は失当である。
三 よつて、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 畑郁夫 小倉顕 北山元章)
目録
期間
生産販売数量
単価
総販売数量
利益率
利益金額
昭和四七年一月~一二月
五二八、〇〇〇枚
一一〇円
五八、〇八〇、〇〇〇円
五%
二、九〇四、〇〇〇円
昭和四八年一月~一二月
六三三、六〇〇枚
一五五円
九八、二〇八、〇〇〇円
一〇%
九、八二〇、八〇〇円
昭和四九年一月~一二月
六三三、六〇〇枚
二〇〇円
一二六、七二〇、〇〇〇円
一五%
一九、〇〇八、〇〇〇円
昭和五〇年一月~六月
三一六、八〇〇枚
一七五円
五五、四四〇、〇〇〇円
五%
二、七七二、〇〇〇円
以上合計
二、一一二、〇〇〇枚
三三八、四四八、〇〇〇円
三四、五〇四、八〇〇円
(利益総金額)
被告装置説明書
一 名称
ラス製造装置
二 図面の説明
第1図は工場における装置全体の配置状態の概要を示す平面図、第2図は展開用ラス素材板製造装置の平面図、第3図は切込溝形成用カツテイングプレスの正面図、第4図は第3図におけるA―A断面図、第5図はカツテイングプレスの下型の平面図、第6図は切込溝形成プレスの上型の底面図、第7図は前記下型、上型の噛み合い状態を示す平面図、第8図は展開用ラス素材板の平面図、第九図は展開装置の平面図、第10図は山形隆起部成形ローラを示したもので、その(A)は平面図、(B)は側面図、(C)は軸方向縦断面図、第11図は展開ローラを示したもので、その(A)は平面図、(B)は側面図、第12図は案内路を分解した状態を示したもので、その(A)は側面図、(B)は正面図、(C)は部分拡大断面図、第13図はラス製造の概要を示したもので、その(A)は展開用ラス素材板を製造して巻き取る状態の平面図、(B)は展開状態の平面図である。
三 構造の説明
ラス製造装置は、展開用ラス素材板の製造装置1とこれとは別体の展開装置2とから構成されており、それぞれ工場において第一図に示すように各ブロツクに分けて多数設置されている。
展開用ラス素材板製造装置1は、ロールから帯状ラス素材板3を順次引き出して送り出すアンコイラー4と、この帯状ラス素材板3に切込溝を形成するカツテイングプレス5と、切込溝を形成した展開用ラス素材板3′をロール状に巻き取る巻取装置6とから構成されている。
カツテイングプレス5は下型7と上型7′とからなり、上型7′は案内杆8に沿つて上下動可能に設けられ、かつスプリング9によつて上方に弾圧力が付与されている。
下型7および上型7′には、切込溝加工時に互に噛み合い状をなすようにそれぞれ鋸葉状の下刃10および上刃10′が取付けられている。下刃10と上刃10′は切込溝加工時に噛み合つた際、その相対接する側縁間には帯状ラス素材板3を剪断可能な狭少なクリアランスが形成され、かつ一方の刃頂と他方の刃底間には比較的大きなクリアランスb、b′が形成されるように、相互の刃の形状および取付け位置が決められている。
従つて、今下刃10と上刃10′間に帯状ラス素材板3を送り込み、上型7′を加圧降下させると、上刃10と下刃10′の対接側縁によつて帯状ラス素材板3は剪断され、かつクリアランスb、b′を生ずる部分において剪断されることなく不連続となり、結局帯状ラス素材板3には八字状の切込溝11が形成される。そして、帯状ラス素材板3を間欠的に送りながら繰り返し上型7′を上下動させることにより、第八図に示すように切込溝11が並列状に連続して形成された展開用ラス素材板3′を製造される。
このようなカツテイングプレス5は、それぞれ寸法、形状の異なる下刃10、上刃10′を取付けたものを多数設置しておいて、各種寸法、形状の切込溝11を形成した展開用ラス素材板3′を製造し、これを巻取装置6によつてロール状に巻き取りストツクしておく。
次に、展開用ラス素材板3′を展開装置2に適宜搬送し、アンコイラー12によつて順次引出して上下一対の山形隆起部形成用ローラ13、13′間に送る。
ローラ13はその周囲に複数の山形突条14を有し、またローラ13′はその周囲に山形突条14を嵌合する山形凹溝14′を有しており、展開用ラス素材板3′をこの間に通すことによりその切込溝11列間の平担部分には第13図(A)に示すように山形隆起部15が形成される。
このように山形隆起部が形成された展開用ラス素材板3′は、間隔を置いて多数設けられた上下一対の展開ローラ16、16′に送られる。
展開ローラ16は、周囲が山形突条状に形成された円板を回転軸に数個配列してなり、また展開ローラ16′は周囲に前記円板の山形突条が嵌合する凹溝を設けた円板を同様に回転軸に同数配列してなり、これらの円板間に山形の隆起部15を通すことにより展開用ラス素材板3′を横方向に延伸展開する。
各展開ローラ16、16′は展開用ラス素材板3′の流れ方向に向かうにつれて隣接する円板間の間隔が少しづつ広げられており、これによつて帯鋼3′は除々に展開される。
そして、各展開ローラ16、16′間には山形隆起部15を誘導するために山形突条を有する雄型17と山形凹溝を有する雌型17′が配されており、これら雄型17と雌型17′間に山形の隆起部15を挾んで展開用ラス素材板3′を誘導する。
第1図~第13図<省略>